Positive Feedback ISSUE 71 (2014年1月/2月)
クラクフ・ソニック・ソサエティ ミィーティングNo.91: ポジティブフィードバック のJohn Zurek氏 クラクフにて by Wojciech Pacula

原文はこちらからご覧下さい。


世界の一流のオーディオ雑誌の記者と会うことは、喜びでもあり試金石でもある。クラクフ・ソニック・ソサエティの会員としての我々にとって、またクラクフ市民としての我々にとっても試金石である。しかし同時に素晴らしいゲストを試す機会でもある。今回は二重の喜びであった。というのは、John Zurek は余暇においてはポジティブフィードバックの記者であり、ポーランドには関連の深い人物であり、今回の訪問は祖父母の母国への初めてのセンティメンタルジャーニーであった。

(ジョンの手紙)
Wojciech様、 こんにちは、
私はJohn Zurek といいます。ポジティブフィードバックの評論家です。
私は一度もポーランドに行ったことのないポーランド系アメリカ人です(私の祖父母は4人ともポーランド出身です)。10月に仕事でヨーロッパに行くのですが、仕事が終わったら、ワルシャワとウッチも訪ねてみたいと思っています。あなたがクラクフにお住まいだとは知っていますが、私がポーランドに滞在中に、これらの街でお会いできるようなオーディオ愛好家をどなたかご存じないでしょうか。ワルシャワでは観光をしますが、ウッチは違います。最近父が亡くなった時、書類が見つかりまして、それによれば私はウッチに親戚がいるかもしれないのです。探すつもりです。
ほかに何かご提案をいただけるとありがたいです。
ありがとうございます。  John Zurek

こんな人物を助けないでいられるだろうか?ゆっくりと、だが確実に、私はジョンのポーランド訪問の準備計画を進めた。それがどのような訪問で何が起きたか、読み進めてほしい。

John Zurek氏
ジョンはコロラドスプリングス在住で、この場所は彼の故郷であり、とても気に入っている。しかしながら標高が高いため空気は乾燥しており、脱水を起こさないためにはたっぷりの水分をとる必要がある。私はジョンのクラクフへの訪問を計画する中で、このことを考慮に入れて、自分たちのクラクフ・ソニック・ソサエティの会合の前夜、オールドタウンでパブのはしごを計画した。まず、チェコのビールと料理を楽しめる「U Jožina」というパブから始まった。私が最初のビールのマグをテーブルに運ぶやいなや、たった20秒で打ち解けることができた。実際、ジョンは敬愛せずにはいられないような人物である。経験に裏打ちされた大人の冷静さ、明晰な頭脳を持ち、素晴らしい話し手である。彼を歓迎したのは4人、私とAndrzej、TomaszそしてAndrzej Sだった。後者のAndrzejはウッチから来ており、ジョンのガイドとして数日前からあちこちを案内してまわり、クラクフへ一緒に車で来ていた。数日間のウッチでの捜索は、鉄道の駅の周りの町の中心の大規模再開発と主要なPiotrowska通りの修理により、ブラウン運動[訳注 液体のような溶媒中に浮遊する微粒子が、不規則に運動する現象]に似た結果であった。彼らはジョンの親戚を探そうと努めたが、この状況下では困難だった。次回に期待しよう。もちろん「次回」は確実にある、とジョンはクラクフを離れる際に私に受け合った。もしかしたら、妻と一緒に来るかもしれない、とジョンは言った。彼の妻はチェコ人ではないのだが、家族はチェコ共和国出身で、我々のご近所の南部に住んでいたハンガリーの少数派に彼女のルーツがある、と彼は言った。ジョンもジョンの妻もアメリカ人として生まれたが、これももうひとつの小さな血統関連のアメリカの謎である。
ともあれ、Andrzej S はウッチでジョンのガイドを務めたが、同じように尊敬すべきAdam Mokrzyckiからジョンをゆだねられた。アダムは余暇においてAudio、そしてAudio-Videoの記者であり、Audio Showのオーガナイザーであり、ワルシャワでジョンの世話をした。このポーランド首都にて、ジョンは中でもLampizatorのデザイナーでありオーナーのLukasz Fikus氏に会った。ジョンは彼についていくら褒めても褒め足りなかったが、アダムについても彼の援助に感謝していた。。

私はジョンの祖母のひとりがクラクフの近く出身であること、彼が1)ビールが好きである、2)いい音楽が好きである、3)オーディオ愛好家である、という事実を慎重に利用した。これらの事実を利用しないのは無理だし、利用するのはやめようとも思わなかった。そう、誇張ではなく利用したのだ。

前述のように、最初の晩に1)を片付けた。チェコのパブ「U Jozina」はその晩のはしごの一軒目だった。聖十字架通りにも大きなビアハウスがあって、そこも選択肢のひとつだった(クラクフではほぼ全てが「聖なる」である)。しかし親切なチェコ人たちと別れると、無謀なことはしないほうがいいという考えがこみあげ、自分たちが正しく水分補給されるには、もう一軒で充分だと思うに至った。それで、そのビアハウスから6メートルのところにベルギービールを飲ませる店があるという事実を、実際に役立てることにした。その店では、瓶詰ビールそして生のビールが何十も品ぞろえしてあるのだ。この幸福の聖域に近付くことは、割に簡単だった。というのも、聖トーマス通りを500メートルほど直進すればよかったからだ。この「ラグジュアリー」というビアギャラリーは聖トーマス通りと聖十字架通りの角にあり、割にお高い店で、それゆえに余り混んでおらずうるさくないのだ。


Audio-Videoの前編集長代理であるRoch Mlodeckiが傑出したビールの輸入業者だということは、もう述べただろうか?まだであれば、ここで述べたいと思う。彼こそが、クラクフのビアギャラリーとビアハウスにブランドビールを届けている人物なのだ。そして自宅からほど近く、私が「魔法の店」と呼び、定期的にビールの在庫補給に通う店にもビールを配達している。その店はいかがわしい溜まり場とギャングの巣窟をかけあわせたような店に見えるが、実は素晴らしいところで、300種類以上の素晴らしいビールを取りそろえている。Rochは、「Smak Piwa(ビールの味)」というオンラインストアも経営している。それについては、いつかもっと書く必要があるが。

我々はジョンと、彼のポーランド訪問について、コロラドスプリングスについて、ポジティブフィードバックについて、そして人生のよもやま話をした。短いと言うより長い時間を共に過ごしてパブから出てきた時、私はジョンがすでに我々の一員であると感じていた。

上記のリストの2)と3)についても何か手を打たなければならなかった。海外からの英語を話すゲストにいつも付いてくれる親切な女性ガイドを手配して、ジョンがクラクフに夢中になるよう気を配った。彼女は最近Kikuchi Kazuo氏(Reimyo, Harmonix)に付いてくれたガイドである。しかし、この2点は難問であった。それで、クラクフソニックソサエティの91回目の会合を企画して、会員たちに助けを求めたのだった。


アコースティックリバイブ
RWL-3 Acoustic Conditioner

この会合の理由はふたつあった。最初の理由は、Janusz S.とRichard B.のところにアコースティックリバイブから他のオーディオアクセサリーと一緒に少し前に届いていた。アコースティックリバイブのオーナーである石黒謙氏が彼の訪問の後、いくつかの新しいAR convertsを残していった。年の前半の彼の訪問の折に、彼のプレゼンを目の当たりにした人々にとって、これが間違いなく特別の物であること、信じ難く思えるこれらの機器は、合理的で明瞭に聞き取れる説明になっていることに疑問を抱く者はなかった。我々にそのような感銘を与えたRWL-3 アコースティックパネルが届き、ふたりはそれらを持ち込んだ。ふたりはそれぞれ3枚のパネルを注文しており、スピーカーの後ろに据え付けるつもりだった。しかし、これは石黒氏の完全なコンセプトの内のただ一部を実施したにすぎない。石黒氏の完全なシステムは7枚のパネルで出来ていた。3枚が聞き手の前に、2枚が側面に、1枚が後ろに、そして1枚が天井に設置されていた。自由に使える6枚のパネルがあったので、だいたいこの好ましいセットアップができそうだった。このことがジョンとの会合と話し合いの理由のひとつであった。。


このサウンドパネルのインパクトをより良く理解するために、我々は試聴をふたつに分けた。まず、石黒氏がやってみせたのとまったく同様に、3枚のパネルを設置、次にもう3枚を加えるというやり方である。天井のパネルは省略した。ジョンは試聴場所の中央に座っており、アコースティックリバイブのRIO-5II が彼の前に設置してあった。それについては後述する。なぜならジョンはそれをしばらくの間、からかっていたからだ。しかしながら、目から鱗が落ちるまで、長くはかからなかった。

3枚のパネル


最初の回で、Janusz宅で石黒謙氏がやってみせたのと全く同様にパネルを設置した。これはアコースティックリバイブのホームページ(ここを参照)のオプションナンバー3を少し変更した形であった。隅のパネルはスピーカーとは並行ではなく、やや内向きにした。この変形は防音室の「劇的な」改良のために、分解能と奥行きを改善するためのものであった。


Mercin

ワインのためかパネルのためか、分からないけど、パネルを置くと音が全く違う。ベース音がはっきりと改善され、より柔らかくて豊かになった。横側に座っているので、こんなにはっきりと分かるのかもしれない。完全に違って、はるかに良い音だった。


Tomek

正直に言うと、思っていたほどではなかった。何も変わっていないと言っているのではない。変化はあったから。しかしすぐさま買おうと思うほど充分に印象が強くなかった。音に関して改善があるとしたら、より深みのある豊かな音になって、生気がでたことだ。しかしながら、これらの変化は期待していたほどには大したものではなかった。


Andrzej

Tomekが言わんとしていることは分かる。ケーブルやローリングチューブや他のコンポーネントを取り替えて生じるほどの変化とは違う種類の変化だったからだ。でも、このパネルが生じさせた改善は自分にとってはとても重要だ。この変化は本当に小さなものだけど、これらの独特の変化に気づいたのは初めてだと思う。パネルを設置することで音が正しい方向に変化した。このことは、このシステムが今まで持っていなかったものだと確信している。はっきり言って、とても高価なシステムだよ。これまで、他のシステムで聴くのとはクラシック音楽が違う風に聴こえるといつも思ってきた。自分の意見では、 音がより劣っており、攻撃的すぎ、あまり整然としていなかった。まるでこのシステムが一度に沢山の楽器の演奏を適切に「示す」ことができないみたいだった。このパネルはシステムを和らげさせて、自分は初めてクラシック録音をジャズやロックと同じくらい面白く聴くことができた。今や、空間がもっと広がった。自分もベースには注意をはらったが、ベースははるかに明確で、うまく統制がとれていて、より深く伸びていた。このことひとつを取っても、自分の意見では、クラシック音楽をより良く表現していたことで、このパネルの存在価値がある。しかし、自分にとってはすごく衝撃を受ける変化ではなかった。


John

“このシステムは比類のない、まったく驚異的な一貫性を持っている、と発言することから始めたい。ここで聞いたような素晴らしいボーカルは今まで聴いたことがない!正直に言って、オーディオシステムで今まで聴いた中で最高のボーカルだった。降参だ!パネルに関しては、今まで語ってくれた人たちとは違う意見を持っている。自分にとっては、パネルがない方がすべてより良く聴こえた。もしかしたら、「より良く」ではなく「違って」かもしれないが。そしてパネルなしの方が好みだ。要するに、パネルがあると私は演奏家の周りの空気を失ってしまう。すべてが少しだけ圧がかけられ、間隔が詰まったが、前にあったような勢いがなかった。ここが問題なんだが、少し分裂しているように聞こえかねないことを言う。パネルがない方がもっと開放されていて、もっと勢いがあったように思えたのだが、結局のところ、私はパネルがあった方の音が好きだった。変に聞こえるとは分かっているが、まず自分の頭の中で整理し、より良く理解する必要がある。また、このパネルの最上の輝きを掴めなかったことを付けくわえる。


Ryszard B.

私が言えることは、すでにパネルを3枚購入したということ。しかし、本気で言っているんだが、違いは明白で、その変化は新しい質のリスニングについて語れるほど大きなものだ。パネルはスタジオ録音ではなく、ライブコンサート音楽にしてしまう何かを加味する。楽器はパネルがあるとより「平坦」になるかもしれない。前のように立体的ではなく。しかし同時に、音はただ単にどこか向こうに「ある」のではなく我々の目前にあり、空間を浸し、満たす。楽器は試聴室と一緒に「呼吸する」。以前は、我々が試聴したいくつかのCD、例えばMozdzerやDanielssonの新しいアルバムは、ちなみにすごく退屈だったのだが、あるいはNiemenのものなどは聴くに堪えなかった。今は、彼らのアコースティックをほぼ「見る」ことができるほどだ。


Ryszard B.

事態が良くなることを願っているよ。Niemenに関して変化が一番大きかったと思う。攻撃的なところと劣化が改善された。Burdonの「戦争」のベースはライブのように蘇った。面白いことに、これがパネルがもたらす最大限の利益の内では最低限のものだった。しかし概して、すべての変化を好きかどうかは分からない。自分の意見では、システムの暖かさが幾分失われ、中間の範囲の魅力がなくなった。


Janusz

我々全員が同じものを聴いているのだろうか。でも、オーケー、全員が思うところを述べればいい。私の意見では、違いは劇的なものだ。みんなの意見を聞いていて、変化の方向についての私の意見はみんなを驚かせるものかもしれない。今回は「もっとたくさんの空気感」がもたらされた。私はすでにしばらくの間3枚のパネルを使っているので、パネルに慣れている。短時間試聴しただけで、正しい反応や評価ができるかどうか問題かもしれない。自分の場合はパネルが何をしているのか理解するまでに2週間かかった。Rysiekの所でアナログテープから聴いたものと今聴いた音は同じようで、同じ「様式」を持っている。あれは、自分にとって大きな驚きだった。今回は音の要素はバックグラウンドから切り取られ少なくなっていて、あの時のような注意も惹かないが。また一方では、今回はすべてが信じられないように生き生きしていて、より良かった。The Studerから聴こえていた音に対する自分たちのコメントを覚えている?ビニール盤やCDで得られる空間とはまったく違ってはいなかったか?定義は今よりずっと下手だったが、まるでライブであるかのような自然なアコースティック水準だった。今回もまったく同じものを聴いたよ。このような空間はサイズで言えばより小さく思えたが、楽器はよりリアルだった。音楽はここで、この瞬間に生み出されていた。音楽は作られたものではなく、演奏されていた。しかし、みんなも知っているように、すでにパネルを購入したという事実で私の意見は曲がっている可能性があるが。


6枚のパネル


以前に試したことのない変形だった。アコースティックリバイブの図表にもないが、ナンバー6の天井のパネルがない形だと思う。石黒氏は次のようにコメントした:「試聴者の後ろと天井にパネルがあれば完璧です」私が言えることは-完璧な人間はいない、ということだ。


Marcin

私の意見では、これで正しい方向に向かった。音は「箱」からの音楽ではなく、ますます本物のコンサートに近付いた。それでも、このことを100パーセント確認するために、同じものをパネルなしでもう一度聴かなくてはならない。


Tomek

私が思うに、もう3枚を加えたことで、違いは前より大きくなった。私は主に音の知覚、そして音を聴くやり方がとても楽になったことに気付いた。今回はすべてがより良く聞き取れ、より明瞭に聴こえた。しかし、概して言えば、3枚のパネルの時と比べると、違いは「並はずれて」はいなかった。誰かがきっと指摘する点だと思うが。


Andrzej

クラシック音楽に関しては少しがっかりだった。この型の音楽の家での再生には、主に情緒の点では、おそらく限界に近付いているのだろう、というのが私の印象である。しかし、他のタイプの音楽の変化には、まったく驚かされた。Burdonに関しては、違う録音を聴いているかのようだった。Mozdzerに関しても同様だった。3枚のパネルの時と較べるとそれ以上の音の和らぎやまどろみはなかった。すべてが、さらに活気に満ちて、解放されていた。クラッシックを別にすれば、今回の6枚のパネルがある時の音の方が好きになった。


John

自分が述べたことを繰り返す。パネルがもたらした音の変化は好きではない。しかし、それは私の意見にすぎない。たぶん何か別のものに慣れているからなんだろう。変化そのものは大きく、完全に音を和らげる。そのようなものを求めている人にとっては、素晴らしいものだろう。少し前には、音が少々遠くに聴こえたが、今回はすべてが肉付きが良く、豊かだった。ただ、スピーカーの後ろにいた自分の前だけだった。私にとって、このような空気の「消失」は間違った方向への一歩だ。私は3枚のパネルの時の音をより好ましく思う。3枚のパネルがもたらした変化は、良い点を楽しみ、欠点に気をとめずに受け入れられる。欠点が気にならないのはより強く感じる。さらに言えば、「欠点」はそれほどないのかもしれない。単にこのような特徴を自分があまり好きではないというだけで。このように言おう:前に私が聴いた変化は今回さらにもっと明白になった


Wiciu

上手く始まり、オルガンの演奏と共にすべてがいっそう強かった。確実な改善だった。次に、悪化した。 私は座っていた場所は、後ろの壁近くだがったが、6枚のパネルの時、音が鈍化し、前には広く広がっていたサウンドステージが今回は小さくなった。自分にとって、このような演奏は悪化だった。


Ryszaed B.

3枚のパネルの際は、特にNiemenに感銘を受けた。どんなシステムもこうあってほしいと思うような変化だった。今回は他のアルバムも試した。Burtonは明るく、優しく、なめらかで、攻撃性がなくなったので、聴くのは純粋な喜びだった。Mozdzerは一貫性と分別のある音で驚ろかされた。私の意見としては、6枚のパネルはスタジオ音楽とライブ音楽の両方の要素を結びつけ、更にいっそう気持ちよく聴くことに役立つと思う。


Janusz

付けくわえることはあまりない。最初の小節の後、何が進行中か分かった。すぐさま、すべてが静まり、ゆっくりとさえなったのを聴いた。これが正しい方向への一歩かどうか確信がないが。


パネルなし


何人かがパネルなしの状態でシステムを聴いてみたいとのことだったので、パネルはすべて取り去った。このことで、我々は理論的に「より良い」ものから、より劣ったセッティングへの変化を評価する機会を得た。。


Wiciu

何と言えばいいのか・・空間がより良く、広がった。あるいは、自分にとってより素晴らしくなった。すべてが拡張した。パネルがあると音はより暖かく、よりなめらかに、そしていっそうくつろげる。しかしクラシックを聴く時は、勢いやパワーやパンチがある方が好きだ。パネルはそれを少しばかり沈静化する。


Janusz

あなた方の意見を聴いていると腹が立ってくる。相違は根源的なものだから、このようなことをあれこれ言うのはナンセンスだ。みんな、ここで今話していることは単にハイファイのことではないんだ。暖かさとか、ゴミみたいなことではない。パネルを設置することで聴こえるサウンドは最大範囲に広がる。 (編集:ここでWiciuが異議を唱えた) 家で再生時に音が多かれ少かれ自然であるという話をすることは、なんの価値もないことだ。要点は、我々を感動させるような演奏かどうかということ。そして、このパネルは単なるノイズ以上のものを我々に届けてくれる。パネルはすべてがそのあるべき場所に落ちつけてくれる。私は座って聴いていて、すべてがただ申し分ないと感じていた。パネルを取り去ると、すぐさま目立ってどうしようもなく強い中高音が、ご清聴、みんなも私も今まで聴いたことのないような音が聞こえてきた。パネルがあった時は問題なかったが、パネルを取り去ると、まるで地獄のように不快だ。 。


Ryszard B.

Januszに賛成だ。パネルがないと、ただ音を聴いているだけだった。良かったし、システムも今までで最高だった。しかし、パネルがあると音楽を聴いていた。自分の趣味として求めていたものはこれだ。


Marcin

何を自分が聴いていたのか、どう考えるべきなのか、今100パーセント理解した。私が座っていた奥の端の位置からだと、パネルがあると空間がより良く聴こえた。楽器の位置や大きさのようなことだけではなくて、正真正銘のアコースティックや本物に参加しているという感覚のことを言っているんだ。再生だとは分かっているものの、コンサート会場にいるようだった。加えて、私は自分の目前に空間の繋がりさえ聴いたし、それが「見え」さえした。パネルなしだと、左と右のスピーカーがそれぞれのパートを演奏しているのを聴いただけだった。


Tomek

尻尾を巻くよ。前に述べたことに関しては申し訳ない。できるものなら取り消したいと思う。パネルを追加して、パネルに囲まれると、音の変化はパネルの値段には値しないと思った。パネルを撤去して、 素の状態に戻って、やっと、Januszの言っていたことに気付いた。「パネルなしの音は貧しい」。もちろん、なにも加えていない状態のシステムでさえ素晴らしいので、自分たちの経験をより上手く描写するために、みんな大げさに言った。そして、ジョンは当然ながらとても集中していた。それらの変化が極めて重要で、単に「より少ない」とか「より多い」よりも何かに寄与する、それだけなのだ。


もうひとつ付け加えたい。パネルだけのことではなしに。パネルが設置されていても、普通のCDは聴くことができるリリースのようには聴こえない。つまり、音楽になっていないのだ。しかしながら、Wojtokのシステムでは標準的なCDでさえ、なかなかのものに聴こえた。ここでは、良くないCDは良くない音しか持たない。差別化が必要だということは分かっているが、何か劣っているものをすぐにそうだと決めつけるべきではない。むしろ、それから可能な限り引き出すべきだ。 。


Andrzej

大きな差がある。より良いものから劣ったものへの移行は、多くの場合大変ためになる経験だ。今回はその理由を聴くことができた。パネルがすべて揃うと、ある種の「静隠の中の静けさ」がもたらされ


John

「ポジティブフィードバック・オンライン」に、ある製品についてレビューする前に、その製品に少なくとも1カ月は費やす理由はそこなんだ。このことは、私が聞いていて変だなと思うほぼ全ての話し手に当てはまることだ。最適の結果を達成するためにどこが最も正しい設置場所か、ということにも当てはまる。この場合にも、みんなも分かっているように、変化を理解し、装置を扱うには何度も試す必要がある。この数時間を過ごして、自分の好みは、パネルありの直後に続いたパネルなしの状態よりも、3枚パネルの音だったと言える。もし選ばなければいけないとすれば、3枚パネルで聴くことを選ぶだろう。結局のところ、これは好みの問題だと思う。音がとても変化するので、家で長時間試すことなしに購入することは不可能だ。しばらくの間、家で試してみたら、完全に馴染めるかもしれない。2週間で充分だと思う。


Platinum SHM-CD

例えばアコースティックパネルの設置をすることにより、室内音響調整をすることはオーディオシステムを最大限に活用する上で大変重要なことだ。場合によるが、室内音響を50パーセント向上させる結果になるかもしれない。オーディオシステムの中ではまだ忘れられたコンポーネントだが、変えるには最も困難なコンポでもある。室内音響に関して意識的に何かをするメーカーが大変少ないからだ。アコースティックリバイブはRWL-3でこの最大の障害に打ち勝つために、信じられないような助力を提供する。非常に大きな効果があるが、それがもたらす変化を全員が好きとは限らないというだけのことだ。


しかしながら、我々は自分たちの会合を他のもので締めくくった。最近、世界中のオーディオ愛好家がPlatinum SHM-CDの初版を手に入れた。我々はこのような機会を逃すことができなかった。我々は同様のSHM-CDあるいは他のリリースを用意し、どれがいつ再生されるか知ることなしにブラインド試聴を行った。AもBも知らせずに較べるもので、試聴の後、投票を行った。最初は違いがあるかないか、を言うものだった。簡潔に述べれば、参加した全員が試聴したバージョン間に違いを聴きとったが、これは、付けくわえなくてはならないが、重要な違いであった。


我々は3つのアルバムを試聴用に選んだ:
  • ・Dire Straits, Dire Straits, Vertigo/Universal Music LLC (Japan) UICY-40008, Platinum SHM-CD (1978/2013), をSHM-CD (最新のHR Cutting releaseではない; 我々は「普通の」SHM-CDを持っていた)と比較
  • ・Queen, A Night At The Opera, Island/Universal Music LLC (Japan) UICY-40006, Platinum SHM-CD (1975/2013),を通常の日本のミニ LP releaseと比較
  • ・Derek and the Dominos, Layla, Polydor/Universal Music LLC (Japan) UICY-40004, Platinum SHM-CD (1970/2013)を SHM-CDと比較

Dire Straitsのアルバムには全員が「B」と示されたディスクに投票した。3人が正しくPlatinum SHM-CDを認識し、4人が間違えた。この結果により、最初は探すべきものが何か分かっていなかったことが分かる。SHM-CDは、明確に劣っていると投票された。このアルバムは本当に良くないもので、とても「薄く」そして無秩序に聞こえた。比較の為に、Super Bit Mappingをフィーチャーした、昔のヨーロッパバージョンを聴いてみた。これはSHM-CDよりはるかに良いことが分かった。しかしそれは我々がPlatinumの長所、つまり豊かさや深さや信じられないようななめらかさを、ようやく高く評価するに至って、昔のヨーロッパバージョンが勝っているのはSHM-CDに対してだけだと分かった。


Clapton and companyを聴いた時にも同様のコメントが出た。この時は、ジョンを除く全員がPlatinum CDを言い当てた。ジョンはただ単に、より好みなので「A」を選ぶと言った。(「A」はSHM-CDを示す)我々独特の聴き好みに関して、我々とジョンの間の違いを、その時点で正確に指摘することができた。我々のゲストであるジョンは、活気のあるオープンな音が好みで、一方我々はむしろダイナミックさを犠牲にしても、滑らかさをより求めるのである。


最後のQueenのCDに関してもまったく疑問はなかった。全員が正確にPlatinumを言い当て、全員がこちらのバージョンを気に入った。このことは「再教育」と定義される事象を示していると思う。自分たちが何を聴いているのか知る必要があるし、あるいは新しいサウンドを正しく解釈しそして評価するためにそれを「学習する」必要がある。


この短い(一時間と少し)試聴の後でさえ、科学技術は我々が持っているディスクすべてに共通する特徴をいくつか明らかにした。Platinum SHM-CDは信じられないほどなめらかで、広く洗練されたサウンドを示した。普通のCDはもっとオープンで、ある人たちにはなるほどと思わせるものかもしれない。 我々にとっては、Platinum SHM-CDはあらゆる点において勝者である。較べると、SHM-CDは面白く見えるが、未完成であり、なにか痩せて音に障害がある。Platinumはきわめてなめらかである


会合の最後に、我々はジョンの足元のアコースティックリバイブのRIO-5 II negative-ion generatorとオーディオラックの傍のRD-3 demagnetizerに話を戻した。ジョンはそれらを、特にRD-3を面白がっていた。しかしながら、彼は自宅でMilty Zerostat Gunを使用していることは話した。そこで、我々はいくつかのブラインド試聴を行った。その後、彼はアコースティックリバイブの製品の前にほとんどひざまずき、深く頭を下げ、先程自分が言ったことから退却していた。自分たちが聴いたものを確かめるために、ジョンのCD-Rも聴いた。先ずそのままで、次にdemagnetizerとionizerで「処理された」ものを。この改善はさらにもっとはっきりとしたものだった。音の深さ、静けさ、室内音響の深さ、そしてイライラ感の不在・・これが2つの機器を同時に使用したことで得られるものである。


ジョンは別れの時、それと分かるほどに感動しており、ポーランドで彼の世話をした全員に、特にアダムとふたりのAndrzejに感謝の意を捧げた。必ずまた訪問するということと、RIO-5 IIとRD-3を買う必要がある、そして彼の家でパネルを試さなくては、という宿題を持ちかえった。ジョン、またすぐに会おう!