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渡辺香津美さん 100歳までギターを弾いていたい

あの4人のモノクロ写真のジャケットは生涯忘れません。中学2年でベンチャーズに興味を持って初めてギターを手にした少年はテレビで見た渡辺貞夫さんのカッコよさにあこがれてジャズを弾き始めた。
1971年に17歳の天才ギタリスト登場と騒がれ、その後、坂本龍一、矢野顕子、村上秀一らとKYLYN BANDを結成し、YMOのワールドツァーにサポート・ギタリストとして参加するなど日本を代表するジャズ・ギタリストとして活躍を続けている。
渡辺香津美さんにとってオーディオは自分が音を創造するための最良の装置でなければならない。
今回のクリニックは新作の録音を目前に控えた渡辺香津美さんのプライベート・スタジオHilltop Studioで行われた。
4月6日に発売されたギター生活45週年を迎えた渡辺香津美さんの2年ぶりの新作『ギター・イズ・ビューティフル KW45』をお聴き頂きたい。

◯音楽の道に進めたのは父や母の影響が大きいです。
渋谷のど真ん中に生まれ、父親も母親も音楽が好きでした。
親戚の伯母さんが宝塚歌劇団にいたこともあり、芸事の好きな母は自分も宝塚に入りたいという夢があったのですが、それが叶わなかったので僕が音楽の道に進むことに関しては応援してくれました。
父親は薬剤師です。
新しもの好きでステレオ・セットにしてもカラーテレビにしてもかなり早い時期に買いました。父親の機械好き新しもの好きの影響が僕にもあったんじゃないかと思います。
小学校3、4年頃からオルガンを習っていましたが、5年になった頃、ある日アップライトピアノが家に運ばれてきて「ピアノ習うんだよ」と言われ、翌週からとても美しいピアノの先生がいらっしゃいました。
1964、5年、中学に入った頃にエレキギター・ブームになり、どうしてもギターがやりたくてピアノレッスンはおしまい。 本業のタバコ屋の横で売ってたガムの景品で初めてのギターを手に入れました。
スチール弦を張ったヤマハのアコースティックギターで、その時「しめた」と思いました。
というのもスチール弦だとマイクさえ付ければエレキ風に使えますからね。
近所のレコード屋さんでギター用のピックアップを手に入れ、父親からもらったソニーのテープレコーダーをアンプ代わりにしました。
学校の仲間とバンドを結成して最初はベンチャーズ、そのうちアートロック系の演奏にハマっていきました。
通っていたギター教室の発表会に自分のバンドで出た時、持ち時間が長いのにレパートリーが三曲しかなくて、あと10分くらい伸ばさなくてはならなかったので、バンドにブルースコード進行をやらせて、そこに乗っかって演奏したのが初アドリブです。
その頃はレコードをすり切れるまで耳コピして一日中ギターを弾いていました。

◯テレビ番組を見てジャズに開眼。
「VANミュージックブレイク」という日曜の朝やっていたテレビ番組のラストで渡辺貞夫さんが演奏しているのを見たのがジャズに開眼するきっかけになりました。 高校に入ってジャズをやろうと思った時、個人レッスンで習っていたジャズ理論の先生が「アレンジはピアノでやる」というので、もう一度ピアノを習い始めました。
ヤマハのジャズスクールで中牟礼貞則先生に習い、ライブハウスでの先生のジャムセッションに通ったのがきっかけになって、有名プロミュージシャンとの出会いのチャンスがあり、それがプロデビューに繋がりました。高校2年くらいの時です。
高校を卒業してからは大学に行かずに自由が丘にあったファイブスポットというライブハウスのバンマス鈴木勲さんにスカウトされて毎日ステージで弾くようになり、ゲストの海外ミュージシャンや日野皓正さんと共演出来たりもして、何となく自分はプロになったのかなと思うようになりました。
いわば成り行きでプロになってしまったという感じです。
ギャラに目がくらんだ(笑)というか、普通に会社勤めとかする気は全然なかったです。
高校に入ってジャズのレコードを聞くようになってから自分のコンポを買いそろえました。
最初はサンスイの一体型だったかな?
とはいえオーディオは二の次で、演奏料をもらうと全て楽器につぎ込んでいました。
24,5歳の頃、スタジオで頻繁にレコーディングをするようになって、プレイバックで聴くJBLのモニターと自宅で聴く音があまりにも違いすぎるので何とかしたかった。ちょうどその頃知り合いのミュージシャンからマランツのアンプとボーズの901を安く譲って貰えたんです。
901は前面に1個、背面に8個のスピーカーユニットが付いていますが、使い方が分からなくて、裏返しにして使っていました。
ある時、僕が901を使っているということを知ったBOSEの方が見に来てくれて、これはスピーカーが裏返しですよと教えてくれたんです。
ガツンとくる音も好きなんですが、ギタリストって自分のサウンドホールからの音を直では聴けないせいか、ふわっと包み込むような音場型のサウンドも結構好きで、随分長い間901で聞いていました。

◯レコーディング直前にクリニックを受けて本当に良かったです。
今回スタジオのクリニックをやって頂いてからレコーディングしたお陰で、とてもいい結果が出たと思います。今回はいろんなスタイルのギタリストをスタジオに招いて、エレキでもアコギでもほとんどが一発録りなんです。で、ミュージシャンによって使いたいマイクが色々と違っていたりするんですが、マイクを変えた時の違いが出やすかったんです。
以前でしたら同じメーカーの似たようなマイクロフォンに変えて録音してもそれほど違いが明確でなかったけれど、今回はそれが面白いほど出ました。
無指向性と単一指向性のマイクで同時に録ったり、マイクによるコンプ感の違いを利用して使い分けてみたりしました。

マイクの特性や個性の違いがはっきりするので、選択肢が増えるということがストレスになるくらいでした。(笑) これだけ違いが出るんだったら、以前から使ってみたかったマイクをこの機会に、と購入したりして出費も嵩みました。
特にアコギはマイクによるサウンドの違いが顕著に出ますので、くっきりと判別出来ることにより、どれを選ぶかという苦しみというか楽しみが倍増したことは確かです。
気になっていた電源ケーブルを変えて頂いたのはとても良かったです。
今までは突然コンピュータの電源が落ちるというようなことがあったのですが、今回はそれもなく、とても安定しているので、安心してレコーディングに専念出来たのは電源ケーブルのお陰だと思います。
それとともにUSBケーブルを変えて頂いたことにより、録音した音に透明感が増した感じでした。

◯ギター・シールドやRR-888の効果も大きかったです。
石黒さんが試作中のギター・ケーブルはもの凄くレスポンスがストレートで、ちょっと怖いぐらいでした。
弾いているタッチが音にそのまま出てしまう。 弾き手の体調まで分かってしまう(笑) 
ただ僕は、ギター・ケーブルも楽器の一部だと思っています。多少クセがあっても、それを生かした方が良い場合もあるので、ギターからエフェクターへの初段階には、好みのキャラクターのケーブルを使います。そしてエフェクター以降からアンプや卓へ繋ぐのに、石黒さんのケーブル経由で情報の色づけ無しにストレートに伝達する、という使い分けが出来ます。
特にベースとかエレ・アコにはとてもいいケーブルですね。

低周波を出すRR-888も思わぬ効果があったように感じます。
録音の合間にちょっと休憩する時、スタジオの床にヨガマットを敷いて横になるんですが、これがよく眠れるんです。
自分はずっと同じスタジオにいるから気がつかないんですが、毎回いろんなギタリストが来て、スタジオに2時間も3時間も籠もって録音をしていて「このスタジオは圧迫感がない」と皆が言うんですよ。 とてもいい感じで疲れないし、ストレス無く録音が出来たって、みんなニコニコしながら帰って行きました。

(阿部マネージャー)RR-888のお陰で奥様が弾くピアノの生音が凄く違って聴こえました。

「ウッドストック」で心が開かれて、1971年に社会人になってからはリアル・タイムのロック、ポップス、ジャンル関係なくあらゆるものを聴きました。

ヨーロッパのオーディオに興味を持ったのは1980年代に入ってからです。

日本フォノグラムのクラシック担当でオーディオに造詣の深い新(あたらし)さんという方がいらっしゃって、新しいスピーカーを聞きに来ないかと誘われてロジャースの510を聴きました。その時、今までとは違うやわらかくて暖かい音がいいな~と思い、それ以降アメリカのスピーカーに戻ってないです。

ジャズだけではなくストリングの入った洗練されたポップスなんかも聴いていたので中音重視ではなくて低音がブースト気味くらいな豊かな音が出るイギリスのスピーカーが良かったんです。

ビートルズを生んだ国のスピーカーだけあって安心して聴けるビートルズというか、自分が感じるビートルズそのものが鳴るので、これを基準にシステムを創ろうと思ったんです。

今回のアルバムは全編ギタリスト二人だけの一発録りデュオで、それぞれのゲストとこうやったら一番面白いんじゃないかなということを考えながら、曲を選んでアレンジをしたので、そのあたりの面白さを聴いていただけたら、ギターを初めて聴く人にも楽しんで貰えると思います。
いつまでもギターを弾いていたいですね、100歳まで弾いていたいと思っています。