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野口淳さん 一人でも多くの人にビートルズの素晴らしさを伝えていきたい

ビートルズのデビュー50周年にあたる2012年に千葉県船橋市のアパートの一室を個人で集めたコレクションで飾り私設ビートルズ史料館を開設した野口淳さん。
予約者を拉致(野口さんの言葉)してビートルズのLPを3時間ほど聴いてもらうことにより古くからのファンには懐かしい青春時代を思い起こしてもらい、若い世代にはビートルズの音楽の素晴らしさを伝えたいという。
当初は土日午前の部、午後の部と全力投球していましたが、さすがに本業(教師)に差し支え体ももたないので毎日曜に6人に限定して公開。
諸般の事情により現在休館中のビートルズ史料館にお邪魔しての今回のKen's Audio Clinicです。

子どもの頃から我が家では音楽が自然に耳に入ってきました。
幼稚園に通っている頃に父親がビクターのステレオ・セットを買って来ました。
ラジオが2つ付いていてNHKの立体放送も聴けるというようなセットです。
自分では操作が出来ないので父親がかける音楽を一緒に聞いていました。
父親は海軍兵学校だったので軍歌をよく聴いていましたし、母親は歌謡曲が好きでしたので、そればかり聴かされていました。自分から積極的に音楽を聞くというよりも自然に耳に入ってきたということです。

小学校に入るとテレビで手塚治虫の「鉄腕アトム」などのアニメがどんどん始まり、それに付随して漫画のソノシートが売られるわけです。当時ソノシートは280円くらいしましたが、自分のお小遣いは20円程度ですからお年玉を貰った時に気に入ったのを二、三枚まとめて買って聴くようになり、同時に自分でもステレオを少しずつ操作するようになったことがオーディオとの付き合いの始まりということになります。

初めて買ったレコードは布施明さんの「若い明日」です。
その後、やはりテレビっ子でしたので、日本テレビの青春ドラマシリーズ「青春とは何だ」とか「これが青春だ」を見ていました。
「これが青春だ」の主題歌が気に入りまして、そのレコードを探しにレコード屋さんに行ったのですが、まだ発売されておらず、仕方なくその前の番組「青春とは何だ」の主題曲で布施明が歌う「若い明日」を購入。それが最初に買ったレコードです。もちろんシングル盤です。
67年頃にテレビで「モンキーズショー」を見て、何だか分からないけど面白くて、それと同時に挿入歌がとても良かったのです。その時初めて洋楽がいいなと思いました。
それですぐ「モンキーズのテーマ」を買いました。初めて買った洋楽のレコードということになります。その頃は常にテレビと音楽が連動していました。
小学校5年、11歳の頃ですが、その当時の仲間はみんな歌謡曲を聞いてましたし、レコードを買うということはなかったみたいですね。一緒にテレビで「モンキーズショー」を見ていた兄は、その後次第に洋楽に入っていくのです。でも兄は音楽よりも映画が好きでした。

小学校6年の二学期に船橋から中目黒に引っ越しました。兄は東京の学校に通っていましたので、通学時間が短くなったのをいいことに、ここぞとばかり映画を毎日のように見に行くようになりました。 その頃になると自分は音楽が大分好きになりまして、歌謡曲とフォークを多く聴くようになりました。フォーク・クルセイダーズの「帰って来たヨッパライ」も同年(1968年)にヒットしていた時に購入しました。

初めて英語で歌えた「レット・イット・ビー」。

70年にまた船橋に戻ったのですが、その時に兄が友達から『ホワイトアルバム』を借りて、毎日のようにガンガンかけて聴いていたのです。 昔の日本家屋ですから私の部屋まで音が筒抜けでうるさかったのですが、毎日聴かされているうちに段々心地よくなってきたのです。そして70年の秋頃に東芝のステレオのコマーシャルで「レット・イット・ビー」が使われ始め、とても良い曲だと思い、しばらくして購入しました。それが初めて買ったビートルズの日本盤のシングルです。
当時、英語がとても好きだったのですが、初めて英語で歌えるようになったのが「レット・イット・ビー」なんです。その後間もなくジョージ・ハリスンの「マイ・スイート・ロード」のシングル盤も買って、毎日のようにこの2枚を聴いては歌っていました。
初めて購入したLPは『レット・イット・ビー』です。次が『オールディーズ』、そして兄から譲り受けた『ホワイト・アルバム』、次に『アビー・ロード』と、どんどん買い続けました。
『レット・イット・ビー』と『オールディーズ』を毎日のように聴いてビートルズにのめり込み始めたんですね。そして『アビー・ロード』を購入し、「サムシング」と「ヒア・カムズ・ザ・サン」が素晴らしいと思い、また「マイ・スイート・ロード」をリアルタイムで聴いていたことから、ジョージ・ハリスンがお気に入りになりました。
英語は習い始めてからずっと好きな教科でしたので、英語で歌が歌えるという喜びは大きかったですね。ビートルズの曲は英語で歌いやすかったですね。だから、レコードを聴くだけではなく一緒に歌えるのが嬉しかったのでしょうね。
中学2年になった頃、父親がトリオの家具調の大きなステレオを買ったので、いい音で聞けるようになったこともビートルズ熱に拍車をかけることになったのだと思います。その頃になると勝手にステレオを使わせてもらえるようにもなりました。

洋楽仲間と深夜放送。

中学になると深夜放送でかかる洋楽を話題にするような友達が5、6人いました。
ナチチャコのパック・イン・ミュージックは毎週聴いていましたし、落合恵子さんや斉藤安弘さん、亀渕昭信さん、糸居五郎さんも好きでした。
試験前なんか本当に厳しかったですけれど、それでもずっと聴き続けていました。
当時はグランド・ファンク・レイルロードが後楽園で雨の中でコンサートをしたり、ピンク・フロイドが箱根アフロディーテに出演したり、ロックバンドの来日ラッシュの頃でしたが、中学生でお金もありませんでしたので見に行けませんでした。 体験したかったですね〜、今一番悔しい思いをしていることです。あの場にいたかった。

どんどんビートルズにのめり込んでいきました。

高校に入学してからビートルズをLPとシングルで全曲買い集めました。
ビートルズを好きになる人はみんな全曲集めますよね。集め始めたからには全曲集めたい、駄作でもいいから全曲揃えて置きたいと思うんです。
大学付属の高校に通学していたお陰で生協がありましたので、20%引きでたくさんレコードが買えるようになり、高校二年の時に全曲集まりました。
その間にソロ・アルバムが発売になるのでそれも買わなくてはいけないのですが、それが経済的に大変で、どうしてもソロは後回しになってしまいました。
その後、ビートルズが全曲集まってからソロ・アルバムを揃え始めました。
高校の仲間で洋楽好きは何人かいましたが、クラプトンとかハードロック、プログレ好きはいてもビートルズ好きというのは少なかったのです。もうビートルズは解散してましたし。
かえって日本のフォーク好きな連中がビートルズが好きだったりして、よく話をしましたね。

初めてのステレオセット。

高校2年になった頃、大学生だった兄がコンパクトなソニーのステレオセットを買いましたが、しばらくして音楽に飽きてしまい。私にステレオを買わないかと言ってきたのでそれを買いました。
お小遣いも増えましたので、アルバート・ハモンドとかドーン、カーリー・サイモンなどの洋楽のシングルをどんどん買っていきました。
大学に入った頃はディスコ・ミュージックが全盛だったのですが、私はあまり好きではなかったので音楽から少し離れた時期となりました。ビートルズのソロアルバムだけは買っていましたが。
一度就職してから教員免許を取るためにもう一度大学に戻って、83年に教員になってからまた音楽を聴くようになりました。ちょうどCDが出始めの頃ですね。
相変わらず兄からのお下がりのソニーのステレオで聴いていましたし、音質がどうのといったこととは無縁でした。

オーディオに興味を持ち始める。

オーディオを気にし始めたのはビートル資料館をやろうかなと思った頃からです。今から30年位前から資料館の構想はあったのですが。
最初は自分のコレクションを自分の部屋で聞いてもらおうという程度のものだったのですが、具体的になったのは2008年に東京に引っ越した時に、自分の住んでいたマンションの隣にある文京福祉センターの視聴覚室を借りて、ビートルズ・ティー・パーティというのを始めた頃です。ネットを通じて呼びかけた所謂オフ会です。
ところがその視聴覚室の機材がボロボロで針もヒドイものだったのです。自分のレコードをいためるのも嫌だったので、思い切ってオーディオを購入して視聴覚室に持ち込んで、その会を続けようと思いました。
DENONのプレイヤー(DP-500M)、アンプもDENON(PMA390SE)、スピーカーはマンションが狭くて大きいのが置けないのでBOSEの壁掛けタイプ(230SQ)を買いました。
イベントの時は視聴覚室のスピーカーだけ借りることにして、自分の部屋から機材を持ち込んで3年くらい続けていました。
98年頃から海外盤を聴き始めてはいましたが、新たに購入した新しいシステムでUK盤をかけると今まで聴こえない音が聴こえてきて、かなり音の違いを感じたものでした。
自分のブログで「レコードはいい音ですよ」と声をかけ、年に3回、20〜40人ほどの参加者で毎回テーマを決めて続けていました。
CDとネット配信の時代になっていましたので、LPを聴いたことのない人も多かったです。その時にビートルズの資料の展示もしましたので、このオフ会がビートルズ資料館の前身と言えます。

私設ビートルズ史料館を始める。

資料館をやろうかどうしようかと迷っていた時に、東北の大震災が起こりました。
その時に色々な状況を目の当たりにして、出来る時にやらないと後で悔いが残ると思い、始めたわけです。震災が大きな引き金となりましたね。
ティーパーティーに集まってくれた方たちに連絡をして、オープン前に資料館を見てもらい内容に関しての意見を聞きました。
2012年3月20日にビートルズ資料館をオープンしました。
最初は土日の午前・午後の2回、各回3時間で定員6名ということでご案内していたのですが、だんだんキツくなってきましたので、日曜日の午後1回だけにしました。ほぼ毎回満席で4年間続きました。
資料館をオープンする時にオーディオを集めました。ターンテーブルは78回転盤をかけられるテクニクスSL1200MK4をヤフオクで落札しました。アンプは色々使いましたが今はソニー33ESXⅡ、スピーカーはJBL SV800。ずっとそのラインナップで鳴らしています。

石黒さんのクリニックを体験して。

オーディオの音が石黒さんにクリニックをして頂いて物凄く変わりました。
クリニックして頂いて以来、何度も一人で聴いているのですけれど、この音を独り占めしていいのだろうかと思うほど凄く音が良いのです。
特にアルバム『イマジン』のようにシンプルであまり音を重ねていないものの方が凄くいい音に聴こえます。
ビートルズ以外でもその傾向は強いです。原田知世の『恋愛小説』というLPが最近発売されましたが、そのアルバムにビートルズの「夢の人」が入っているのですけれど、それほど音に凝っているわけではないのですが、とてもいい音に聴こえるのです。
石黒さんに来て頂いた時にかけたUKオリジナルの「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」もシンプルでとても良かったです。
他にもキャメルの「ヌード」のUK盤を聴いたりして大変良かったのですけれど、次々聴いているうちに、音がシンプルであればシンプルである程、耳にとても心地よく入ってくるなあと感じるようになりました。
いつもかなり大きな音で鳴らしていますけれど、石黒さんに調整して頂いてからは長時間聴いても耳が全然疲れないのです。以前は続けざまに聴いていると、もういいやと思いましたが、石黒さんに手をかけて頂いて以来、まだ聴けるなということでどんどん聴き続けてしまいます。

何か機材を変えましたか?と尋ねられます。

一番音が良かったのは『イマジン』のアメリカ盤LPの1stプレス、ベルサウンドの刻印があるレコードです。
今まではUK盤の方が心地よく聴けていたのですが、今回聴き直してみるとUK盤はストリングスがやや大きめなのに対して、US盤はストリングスは抑え気味。ボーカルが目の前で歌っているような感じで生々しくなり、楽器の音もライブっぽく広がって来るのです。楽器やボーカルがUK盤以上に輪郭がクッキリしていました。もわもわっとした感じが無くなり、気持よく音が抜けて聴き易いのです。
今まで聴き比べ会で聞いても違いが分からなかったのですが、今回ははっきりと違いが分かる様になりました。
今までUK盤ばかり聴いていましたが、『イマジン』はジョンがアメリカに行ってマスタリングしたUS原盤なので、やはりオリジナルの音源はUS盤だということが石黒さんに調整して頂いて本当に良くわかるようになりました。
恐らくUK盤の方が音がいいとおっしゃっている方もいると思いますが、実際に聴き比べてみると違いがよく分かります。UK盤はストリングスがやや大きめですが、そのためかボーカルにちょっと物足りなさを感じるんです。逆にアメリカ盤はストリングスが抑え気味でボーカルが良く出ており、クリニックして頂いてそれがさらに顕著になり、ジョンのボーカルがかなりクリアに聴こえるようになりました。
私はオーディオには無頓着な方ですし、オーディオシステムも大したものではないので、石黒さんにクリニックして頂いて何か変わるのだろうかと思っていたのですが、少しづつ手を加えて頂くことによりみるみる音が変わっていくのにはビックリしました。
こんなに変わるものなのかと思いました。
石黒さんの手にかかると音がよくなるということよりも各装置の潜在能力が見事に引き出されるということなんでしょうね。
ストレスの無い音は良いですよね、最近資料館の常連のオーディオマニアの方に音を聴いてもらうと、「何か機材を変えましたか?」と必ず尋ねられます。